『マーメイドライン』金田一蓮十郎

マーメイドラインという言葉は、ウェディングドレスの一形態をあらわす用語としてよく知られている。体にフィットしたドレスで、膝下から人魚の尾ひれのように裾が広がる。体のフォルムがはっきり見えるのでスタイルの良い女性に好まれる。
 金田一蓮十郎は、勘の良い人であれば「結婚式」を連想するであろうこの言葉を百合マンガ作品集のタイトルにわざわざ選んだ。「マーメイド」ではなく、『マーメイドライン』にしたのである。百合と結婚は相性が悪い。少なくとも同性どうしの結婚が法的に認められていない日本において、百合マンガにとっての結婚は比喩の域を出ない。
 ところで、この本に収められている「あゆみとあいか」の1はあゆみのウェディングドレス姿を扉絵にしている。しかしこれはマーメイドライン・ドレスではない。2はあいかのドレス姿が扉絵になっているが、バストアップだけでマーメイドラインかどうかはわからない。そうであっても良いだろう、という余地は残されている。
 あゆみとあいか(竜之介)は恋人どうしだった。同棲までしていた。あゆみは結婚まで考えていた。だが、ある日突然竜之介は自分が性同一性障害であることを告白する。そして竜之介は別れて出て行くのだが、しばらくしてから「あいか」として戻ってくる。そして、あいかは自分が女として、女の子としてのあゆみが好きだということを告白する。男に生まれたが、自分は本当は女なのだと感じ、なおかつ女の子が好きだという、非常に変則的な百合マンガが「あゆみとあいか」である。
 この話の最後で、あいかは次のように言う。「きっとわたしは間違って男の子に生まれたんじゃないんだね……」(p128)。たとえ女になったとしても竜之介(あいか)と結婚したい、とあゆみは願う。その願いは自分の戸籍が男だということで叶えられる。もし、女どうしとして生まれていたらそれはできなかったことだ。「これは神様の粋な計らないと思おう/大好きな人と一緒にいれる方法があるのなら/わたしはその術を最優先に選ぶに決まっている」(p128)。だから、あいかがマーメイドライン・ドレスを着て結婚式を挙げることは、あゆみとあいかが望むハッピーエンドのひとつになりうる。そう考えるからこそ、あいか(竜之介)はあれほど違和感を感じ続けていた「男」に生まれたことを肯定したのである。
 さて、この「あゆみとあいか」の直後に置かれた書き下ろし「おんなのこ*おんなのこ」は人魚姫の物語を仮構した「めぐみとあおい」の後日談である。そこで、あおいはこんなことを思う。「私たちはきっと女の子同士だから仲良しになれた/だからやっぱりめぐみはめぐみのままがいいし/私も私のままがいい……/きっとどちらかが男の子じゃ/こんなに身近に彼女を感じることは出来なかったに違いないのだ」(p137)。字面だけを追うと、先ほどのあいかと全く逆のことをあおいは述べているように見える。あいかは自分が誤って男に生まれてしまったことを最後の最後で肯定し、戸籍上の男性という足枷をうまく利用して、あゆみと一緒に居続けようとする。他方、あおいは自分とめぐみが共に女に生まれたことを肯定する。それがこの先も一緒に居続ける術を与えてくれる。
 あおいとあいかの二人に共通しているのは、自分が自然だと思える自分のあり方を最終的に肯定している点だ。二人とも他人から自分と相手との関係がどう見られるかに脅えたり、不安がっていた。そのために関係を断ち切ってしまったり、他人に「正常な関係」と映るように自分のあり方を変えようとしてしまう。そうした紆余曲折を経て彼女たちは自分を肯定する。もちろん、それは自分のことを「女の子として」愛してくれる相手がいればこそである。
 相手が自分を肯定してくれる、そのことを受け入れて初めて自分で自分を肯定できるようになる。この構造は異性愛を描いた少女漫画でも、百合マンガでも同様に現れる。女の子が主体であるような物語においてこの構造は重要な役割を果たしている。かつてはそれが「王子様」の承認だったものが、今は隣にいる女の子の承認に変わっただけの話である。なぜ、そんなことになったのか。言うまでもない。「王子様」は結局、人魚姫を承認してくれなかったからだ。彼女が自然な自分だと思う姿を肯定してはくれなかったからだ。そうして、女の子たちの自己肯定の物語に王子の居場所はなくなってしまったのである。
 

マーメイドライン (IDコミックス 百合姫コミックス)

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